日々ずるずると続いているが、ケイティは何も言ってこない(ヴィンセントはもともと勘定に入っていない)
でも多分、見てみぬフリとかそういう……!
まあ助かってるけど……。
いつまで続くのかわからないけど、終わらなければいいと思うくらいにダムーのことが好きだった。
「気分でも悪いのか?」
耳元で囁かれた言葉がぞくりと肌を粟立たせ、思わず勢いよく振り返ってしまった。
「いいえ、失礼」
危ない。
今はお仕事の真っ最中で、アタシは付き人のフリをして依頼人と街を歩いている。
今回の依頼人はどこぞでは有名な資産家で、何でも地元を離れた街で商売を始めるとかで、その道中の護衛を頼まれているのだ。
今日は、この街の資産家に会いに行くところで、一番付き人としてしっくりきたアタシが付き添うことになった。
ダムーは街をぶらついて情報収集。ケイティとヴィンスは宿で待機。
「そうか」
さっきから、こいつ(依頼人に対する呼び方ではないけど)の視線が気になる。
ちょっと、色めいてるというかなんと言うか。
アタシがこんなんだから、あら同類なのねーでもごめんなさいねーという感じなのだけど、さっきからやたらとボディタッチが多い。
何度もその不埒な手をさりげなく払い除けてはいるのだけど、過敏になる必要があるようなないような微妙なとこなのよね。
これが意図的だったら危険……カムフラージュがうますぎて。
「お待たせ」
どうやら商談はうまくいったようね。
機嫌のよさそうな足取りを見るまでもなく、声が大きすぎて扉の前に待機してるアタシに筒抜けだったんだけどね。きステロタイプでも聞こえるわよ、あれ……。
「お疲れ様。さ、宿に帰りましょうか」
付き人としてどうなのかわからないけど、先導して歩き出す。
一応意識は後ろに置いてあるけど、これだけ安全ならそれほど気にしなくても大丈夫でしょう。
「もう?」
いやな雲行き。
「もうちょっと街を散歩したいな」
前に立ちふさがり、ネコのような目でにっこり笑われる。
「護衛はアタシ一人しかいないのよ? 早く帰るにこしたことないわ」
「そんなこと言わずに」
どんどん先に立って歩き出す。
放って行ってやろうかと思ったけど、そもそも依頼人だし、いい男には甘いのよねーアタシ。
しょうがないなぁとか思いながら、仕方なく付き合うことにした。
「これはなんだ?」
「ええと、この町の名物らしいわよ。パンみたいなものですって」
「へえ……」
「食べたいの?」
「……別に何も言ってない」
「ふぅん、じゃあいいけどね」
「……」
「食べたいなら買ってきたら?」
「……ぃ」
「え?」
「今、必要な金しか持ってない」
「…………これくらい払うわよ」
「賑やかだな」
「ああ、今お祭りの時期なのよ。1週間くらい毎日広場で出し物や出店があるんですって」
「そうか」
「行きたいの? お金ないのに」
「ないんじゃない! 今持ってないだけだ!」
「はいはい」
「……ちょっとだけ」
「人の多いところは歓迎しないわ」
「ちょっとだけ」
「……」
「やった!」
「もぅ……」(ため息)
「楽しかったな!」
「そうね……」
うっかり素直にうなずいてしまったくらい、予想以上に楽しかった。
辺境の町ならではのはっちゃけ方をしたお祭りは刺激的だし、食べ物も美味しいし、なかなかおねだり上手な依頼人もイヤではなかった。
「もう暗くなってきたわ。宿に帰りましょう?」
だから、この提案は少し残念だった。
(だって久しぶりにダムー以外のいい男ですもんねぇ)
この気持ちは浮気ではないと思う。
……ダムーとは、浮気という言葉を使うような関係ではないから。
「……そうだな」
この彼も、同じような性癖の人なんだろうなぁ……とこの数時間で感じた。
だから、物陰に引きずり込まれてキスされても、そんなに驚かなかった。
「……んぅっ……」
呼吸を全部持って行かれそうなくらい熱く求められる。
思わず目の前の身体に縋り付く。
「一緒に旅してる彼とは、こういう関係?」
キスの合間に投げかけられた問いになんと答えようか。
身体の関係はあることはあるけど……それだけだ。
「だったら、何?」
挑発的に下から睨め付ける。
生唾を飲み込んだのが見えた。
「駄目かな?」
さっきまでのおねだりと同じようなテンションで、だけど確実に熱を持った声が囁く。
その間にも、不埒な手は身体を撫で回してくる。
さりげなくその手に抵抗しながら、流されそうになっている自分を感じていた。
……ダムーは、こんな風に求めてこない。
当たり前だ、彼は普通に女性に発情すタイプだからだ。
それを何かの間違いでこうなっているだけ。
久しぶりに感じる“同じ”相手の愛撫は気持ちよかった。
流されてしまえ。浮気ではない。
そのささやきに屈しようとしたとき。
「これはおまえの合意の上か?」
今一番聞きたくない声だった。
もう、自由にしてあげるよ。
初めて見たときは、心臓が破れるかと思った。
思わず壁にへばりついて「なんまいだなんまいだ……」以下、エンドレス。
これじゃ駄目だと思ったのか、次は昼だった。
夜は駄目だったと思ったのか、真っ昼間のお洒落カフェに現れた。
その微妙な外し具合があの人っぽいなぁ。
二度目だったからか、それくらい考える余裕はあった。
それと、あの人が笑ってたから。
邪気のない笑顔でにこにこ。
思わず、目の前にあった、お洒落カフェで出しても問題ないように真っ白なお洒落椀に入った豚の角煮丼を「食べる?」と差し出しそうになったくらいだ。
あの人は、食べることが好きだから。
その視線に気がついたのか、あの人はにこにこ笑いながら首を横に振った。
「どうしたの?」
友人が心配そうに覗き込んできた。
同席者が一点を見つめたまま微動だにしなくなったら、そりゃびっくりするだろう。
分かってはいたが、何も答えられなかった。
何かアクションを起こしたら、消えてしまいそうで。
「ちょっと、どうしたの? 虫でもいた?」
が、流石に飲食店でその発言は訂正しておかないと周りのお客さんにいらん心配をさせることになる。
「ううん。違うの、大丈夫」
予想通り、瞬き一瞬の間にあの人はいなくなってしまった。
私に浮かんだのは失望か。安堵か。
「真っ青な顔でじっとしてるからどうしたのかと思ったよ」
冗談抜きで心配してる友人に、力なく笑いかけ、囁く。
「見ちゃった」
「何を?」
「あの人の、幽霊」
心配する友人をどうにか宥め、帰宅したのは午後8時。
寺までは良かったが、途中でどう方向性を間違えたのか、なぜか火葬場に連れて行かれそうになって焦った。
ザズーに萌えた自分は末期……!!
あ、あと、獅子に迫られるミーアキャットにきゅんとした。
もう末期すぎてイヤんなる!
「毎晩毎晩毎晩毎晩、よく飽きないわねぇ」
呆れたように眇められた目にすら煽られる。
そんなこと言いながら、ちゃんと身体の準備をしてることに安心する。
耳元で指摘してやると、真っ赤な顔をして蹴られた。
俺はあれだ。
ちょっと嫌がられたり恥ずかしがられたり抵抗される方が燃える!!
そのちょっとのレベルがわからず、かなり本気の抵抗をさせてしまったこともあったが、それはそれだ。
まさか、この自分が男相手に盛ってしまうとは意外だった。
しばらく受け入れられなかったが、自分で自分を慰めてるベラを見た途端、どうでもよくなった。
拝み倒して宥め賺してちょっと無理矢理な感じでさせてもらってから、ここ1週間。
日参してるとついに上記の発言。いや、気持ちはわかるけど。
流石に無理させすぎかとも思うが、毎日ちゃんと感じてくれるし、恥ずかしがった抵抗くらいしかないし、理性を失ったら途端に積極的になるし、とにかく、夜が楽しみで仕方がない。
それと同時に、昼間のいつも通り極まりない様子に焦燥感が募る。
その焦燥をどうにかしたくて、また夜に迫る。
その繰り返し。
何度も抱けば安心するかと思ったが、日々募るばかりで先が見えない。
どんどん依存していく自分が可笑しく、情けない。
そんなダムーは知らない。
ベラが、解毒剤を飲まなくなっていることを。
「……ノックくらいしなさいよ……」
……見られた。
まさかこんな時間に部屋に来られるとは思わなかった。
布団はかぶっていたけど、音……とか、声とか……臭いで……完全にバレたことは、ダムーの顔を見ればわかる。
「いつまでいんのよ」
逆ギレ。
そりゃ逆ギレもするわ!
あああ、もう情けない。
「あ、いや、ごめ……」
テンパるダムーにイラつく。
ああああ気持ち悪いとか思ってんだろうねーーーー正常な男子だからね。
仕方ないわ。
これで、アタシに向いてるのは恋じゃなくてただの身体の反応だって気付いてくれればいいんだけど。
「……俺がやってやる」
真っ赤な顔をしながらも、目をそらすことなく言い切った。
……どうしよう。
嬉しすぎて、何も言えない。