色々
2009/10/15/Thu
すごい音がして、思わず雑誌を取り落とした。
その空いた手で思わず隣の宮村の服を掴む。
アイスコーナーの前で目をまん丸にしている緑の髪が見えた。
閉めないとアイスが溶ける……などと考えてしまうのは、今の状況からの逃避だろう。
人生で初めて、コンビニ強盗を見た。というか、正直に言おう、現在進行形で遭遇している。
何だこれは。
コンビニなんか襲っても大して金になりはしないだろうに。
刃渡り20センチほどの包丁が鈍く光る。あんな普通の包丁に恐怖心を抱くなんて、小学校の調理実習の時以来だろう。
その包丁を突きつけられた店員は泣きそうに顔を歪めている。アルバイトだろう、眼鏡をかけた顔は自分達とそう離れているとは思えないくらい幼い。
そりゃそうか。
強盗が2人もいたらそりゃ絶望的にもなるか。
残念な事に、店内には俺たち3人と1人の店員しかいない。強盗は2人。二人とも刃物を持って顔を覆面で隠している。
防御力、攻撃力共に負けだ。こりゃ抵抗するのは得策でない。
と、思っていると強盗の1人が歩き出し、店の端にいた井浦の所に向かっていく。
「井……っ!」
思わず声が出たが、店員を脅しつけレジの金を抜かせている奴に「黙れ!」と怒鳴られた。
手のひらにじわりと嫌な汗をかいているのを自覚した。
あいつは今(流石に)静かにしてたし、逆鱗に触れたっていうわけでもないよな?
青い顔をした井浦の「え、何?」という声。
びびりすぎて心臓が止まりそうだったが、ただ俺たちを一カ所に固めたかっただけのようで、ほどなくして包丁に煽られた井浦が転がるようにこちらに合流した時は掛け値なしにほっとした。
「石川~~~~」
困ったように(というか問答無用で困ってるわけだが)眉をハの字にした井浦と、不機嫌そうにふてくされ顔の宮村(お前結構余裕あるな!)と一緒にレジカウンターの前に座らされた。
「財布」
目の前で覆面の男が手を差し出してくる。左手には照明を反射する包丁。
「え~~~俺そんなに持ってないよ~……」
ぶつぶつ言う井浦同様、抵抗する気にはなれず鞄に手を伸ばした瞬間、反対側から無理矢理その鞄を奪われた。
至近距離に金物が見えて、思わずぞっとする。
「変な動きされたら困るだろ」
もう1人が咎めるような声を出した。こっちが主犯格か。
鞄を漁られている最中、嫌な事を思い出した。鞄の中には吉川からもらったクッキーが入ってる。
どうもあの劇物を食べる気になれず言い訳して持ってきたものだが、実は俺は可愛らしくラッピングされたロシアンルーレットが結構嫌ではない。
知らない男の手で無造作に投げ捨てられたクッキーが、音もなく転がる。
それを一瞥もしないマスクの下に見える素顔はどうやらそこそこ若いようだ。
思わずむっとした顔になった俺の視線を追い、覆面男がクッキーを視界に捉えた。
「へえ、えらく可愛いラッピングじゃねぇか」
嫌な感じに背中がざわっとざわめいた。
宮村と井浦も気づいたようで、あ、という顔になった。
「いっそアレ食べてもらった方がいいんじゃない?」
こそっと井浦が囁いてきたので、とりあえず肘でそれなりに強く小突いて黙らせた。「げふっ」と聞こえた気がするが気のせいだ。
「しょーもない事にかかずらうな」
片割れが苛立った声で制止するが、一足遅かったようだ。
乾いた音が響き、ピンクのボックスがひしゃげた。
時が止まったように感じた。
腹の底でふつふつとわけの分からない怒りが渦巻く。今のこの理不尽な状況に対するものであり、吉川の思いを踏みつけられた事に対するものでもある。
「何すんだ!」
思わず、声が出るくらいには腹が立った。
宮村と井浦がぎょっとしてこちらを見る。
「石川っ」
宮村が制止してくるが一度放った矢は戻らない。
ぎらっと包丁が光り、思わず怯んだ。
「何だぁ? 好きな子からもらったとかか?」
甘酸っぺぇーなどと馬鹿笑いをする姿を見て、隣の2人と店員がホッと肩をなで下ろした。
何が起こったのか分からなかった。
気づくと横っ飛びに張り倒されていた。
耳元でがんがん音が響き、血相を変えた井浦がこちらを向いて何か叫んでいるが分からない。
宮村を目で捜すものの、陰になっていて見えない。
殴られた、と気づいたのは頬に鈍い痛みが来てからだ。口の中で鉄の味がする。
殴られたくらいで良かったと思いの外冷静に考えていると、目の前の井浦が主犯格の男に引きずられるのが見えた。
さっきとは比べものにならないくらいの嫌な予感。
「ちょっ、何?」
真っ青になった井浦を一瞥し、男は視線をこちらに向けた。
「おれ、無意味に反抗されんのって嫌いなんだよな。何で抵抗しても無駄だってわかってんのに怒らせるようなことするんだ? 自分が殴られたり刺されたりするくらいじゃわかんないのかな」
普通の声で言っているが、目が普通じゃない。
掴んでいた井浦の襟首を急に離したかと思うと、バランスを取れずたたらを踏んだ彼の腹を前触れなしに蹴り上げた。
息が詰まった。
「何すんだ!!」
咳き込みながら崩れ落ちた姿に心臓が破れそうになる。
「うるせぇ」
バンという重たい音と、井浦の短い悲鳴。
そのまま2,3度立て続けに重い蹴りが彼の背中や腹を襲う。
「あーあ、馬鹿なお友達のせいで痛いよねー可哀相」
呻き声を上げながら蹲る背中に、さらに。
俺はと言えばやめろとか離れろとか叫んで、必死の形相をした宮村に押さえつけられていた。
仲間の強盗もドン引きしているようで、誰もその場から動けないまま一方的な暴力がしばらく続く。
腰、太もも、肩、頭、背中。
ぶつぶつ呟く声と、まるで踏みつけるように脚を振り下ろす鈍い音。
押しつぶされた肺から鋭く漏れる息。
包丁がぎらぎらと光り、まさにあれが悪いのだと言わんばかりに宮村が包丁を睨め付ける。
呻き声すら聞こえなくなった頃、始まった時と同じように突然止まった。
「時間かかりすぎた。逃げよう」
そう言うが早いが、金の入った袋を担ぎ、強盗二人組は外に出てってしまった。
しばらくしてから響くパトカーのサイレンにやっと我に返り、大慌てで井浦に駆け寄った。
井浦好きすぎて自給自足。
え、と、おそるおそる投下……。
え、と、おそるおそる投下……。
すごい音がして、思わず雑誌を取り落とした。
その空いた手で思わず隣の宮村の服を掴む。
アイスコーナーの前で目をまん丸にしている緑の髪が見えた。
閉めないとアイスが溶ける……などと考えてしまうのは、今の状況からの逃避だろう。
人生で初めて、コンビニ強盗を見た。というか、正直に言おう、現在進行形で遭遇している。
何だこれは。
コンビニなんか襲っても大して金になりはしないだろうに。
刃渡り20センチほどの包丁が鈍く光る。あんな普通の包丁に恐怖心を抱くなんて、小学校の調理実習の時以来だろう。
その包丁を突きつけられた店員は泣きそうに顔を歪めている。アルバイトだろう、眼鏡をかけた顔は自分達とそう離れているとは思えないくらい幼い。
そりゃそうか。
強盗が2人もいたらそりゃ絶望的にもなるか。
残念な事に、店内には俺たち3人と1人の店員しかいない。強盗は2人。二人とも刃物を持って顔を覆面で隠している。
防御力、攻撃力共に負けだ。こりゃ抵抗するのは得策でない。
と、思っていると強盗の1人が歩き出し、店の端にいた井浦の所に向かっていく。
「井……っ!」
思わず声が出たが、店員を脅しつけレジの金を抜かせている奴に「黙れ!」と怒鳴られた。
手のひらにじわりと嫌な汗をかいているのを自覚した。
あいつは今(流石に)静かにしてたし、逆鱗に触れたっていうわけでもないよな?
青い顔をした井浦の「え、何?」という声。
びびりすぎて心臓が止まりそうだったが、ただ俺たちを一カ所に固めたかっただけのようで、ほどなくして包丁に煽られた井浦が転がるようにこちらに合流した時は掛け値なしにほっとした。
「石川~~~~」
困ったように(というか問答無用で困ってるわけだが)眉をハの字にした井浦と、不機嫌そうにふてくされ顔の宮村(お前結構余裕あるな!)と一緒にレジカウンターの前に座らされた。
「財布」
目の前で覆面の男が手を差し出してくる。左手には照明を反射する包丁。
「え~~~俺そんなに持ってないよ~……」
ぶつぶつ言う井浦同様、抵抗する気にはなれず鞄に手を伸ばした瞬間、反対側から無理矢理その鞄を奪われた。
至近距離に金物が見えて、思わずぞっとする。
「変な動きされたら困るだろ」
もう1人が咎めるような声を出した。こっちが主犯格か。
鞄を漁られている最中、嫌な事を思い出した。鞄の中には吉川からもらったクッキーが入ってる。
どうもあの劇物を食べる気になれず言い訳して持ってきたものだが、実は俺は可愛らしくラッピングされたロシアンルーレットが結構嫌ではない。
知らない男の手で無造作に投げ捨てられたクッキーが、音もなく転がる。
それを一瞥もしないマスクの下に見える素顔はどうやらそこそこ若いようだ。
思わずむっとした顔になった俺の視線を追い、覆面男がクッキーを視界に捉えた。
「へえ、えらく可愛いラッピングじゃねぇか」
嫌な感じに背中がざわっとざわめいた。
宮村と井浦も気づいたようで、あ、という顔になった。
「いっそアレ食べてもらった方がいいんじゃない?」
こそっと井浦が囁いてきたので、とりあえず肘でそれなりに強く小突いて黙らせた。「げふっ」と聞こえた気がするが気のせいだ。
「しょーもない事にかかずらうな」
片割れが苛立った声で制止するが、一足遅かったようだ。
乾いた音が響き、ピンクのボックスがひしゃげた。
時が止まったように感じた。
腹の底でふつふつとわけの分からない怒りが渦巻く。今のこの理不尽な状況に対するものであり、吉川の思いを踏みつけられた事に対するものでもある。
「何すんだ!」
思わず、声が出るくらいには腹が立った。
宮村と井浦がぎょっとしてこちらを見る。
「石川っ」
宮村が制止してくるが一度放った矢は戻らない。
ぎらっと包丁が光り、思わず怯んだ。
「何だぁ? 好きな子からもらったとかか?」
甘酸っぺぇーなどと馬鹿笑いをする姿を見て、隣の2人と店員がホッと肩をなで下ろした。
何が起こったのか分からなかった。
気づくと横っ飛びに張り倒されていた。
耳元でがんがん音が響き、血相を変えた井浦がこちらを向いて何か叫んでいるが分からない。
宮村を目で捜すものの、陰になっていて見えない。
殴られた、と気づいたのは頬に鈍い痛みが来てからだ。口の中で鉄の味がする。
殴られたくらいで良かったと思いの外冷静に考えていると、目の前の井浦が主犯格の男に引きずられるのが見えた。
さっきとは比べものにならないくらいの嫌な予感。
「ちょっ、何?」
真っ青になった井浦を一瞥し、男は視線をこちらに向けた。
「おれ、無意味に反抗されんのって嫌いなんだよな。何で抵抗しても無駄だってわかってんのに怒らせるようなことするんだ? 自分が殴られたり刺されたりするくらいじゃわかんないのかな」
普通の声で言っているが、目が普通じゃない。
掴んでいた井浦の襟首を急に離したかと思うと、バランスを取れずたたらを踏んだ彼の腹を前触れなしに蹴り上げた。
息が詰まった。
「何すんだ!!」
咳き込みながら崩れ落ちた姿に心臓が破れそうになる。
「うるせぇ」
バンという重たい音と、井浦の短い悲鳴。
そのまま2,3度立て続けに重い蹴りが彼の背中や腹を襲う。
「あーあ、馬鹿なお友達のせいで痛いよねー可哀相」
呻き声を上げながら蹲る背中に、さらに。
俺はと言えばやめろとか離れろとか叫んで、必死の形相をした宮村に押さえつけられていた。
仲間の強盗もドン引きしているようで、誰もその場から動けないまま一方的な暴力がしばらく続く。
腰、太もも、肩、頭、背中。
ぶつぶつ呟く声と、まるで踏みつけるように脚を振り下ろす鈍い音。
押しつぶされた肺から鋭く漏れる息。
包丁がぎらぎらと光り、まさにあれが悪いのだと言わんばかりに宮村が包丁を睨め付ける。
呻き声すら聞こえなくなった頃、始まった時と同じように突然止まった。
「時間かかりすぎた。逃げよう」
そう言うが早いが、金の入った袋を担ぎ、強盗二人組は外に出てってしまった。
しばらくしてから響くパトカーのサイレンにやっと我に返り、大慌てで井浦に駆け寄った。
ぼこり愛。
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