ちょっと渋めのピンク色のダウンジャケットが素敵だと思って、なんとなく意識に残ってたんです。
ハイウエストで絞ってあって細身に見えるし、ファーも落ち着いた茶色の羽毛で。
華やかなピンクのストールを無造作に中に入れて、濃いキャメルのロングブーツ。
その女性は誰かを探すみたいにきょろきょろしたと思ったら、急ににっこり控えめな笑顔になって私の目の前にいた年かさの男性の所に駆けてきました。
関係が気になって耳をそばだててたら、どうやら父娘だったみたいで。
どうやらお友達の家でバレンタインチョコの試作品を作ったようで、「笑い転げながら作ってた」「ティラミス冷やして食べようね」なんて華やいだ声で話していました。
それに対応する父親の声も落ち着いていて、ああ、仲のいい親子なんだなぁとほほえましくて。
二人の後頭部を羨望のまなざしで眺めていました。
何が起こったのか、最初はわかりませんでした。
人通りの多い交差点。
歩行者用信号が青になると同時に、ぞろぞろと人の群れが動き出します。
私も、目の前の父娘から視線を足元に落として歩き出します。
バレンタインどうしよう、何個くらいいるかな? そんなことを考えていました。
誰かの叫びが聞こえました。
今となって思ったら「危ない」と叫んでいたように思いますが、その時はただの音としてしか認識できず、反射的に顔を上げると、私の眼前スレスレに大型のバスが、飛び込んできました。
そこからは、阿鼻叫喚でした。
間一髪助かった私は気が付けば、血と悲鳴にまみれた交差点で呆然と座り込んでいました。
誰かが誰かを探す声、苦痛に呻く声、泣き声、叫び声、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴。
ふと生暖かい感触に手を見ると、真っ赤な血が、ついていました。
すごく近くで悲鳴が聞こえると思ったら、我知らず悲鳴をあげていました。
目の前では、倒れたバスに巻き込まれた人を助け出そうと人々が集まってきています。
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきます。
こんなにたくさんのサイレン、初めて聞きました。
ただしゃにむに悲鳴を上げていましたが、ふと気づけば救急車に乗せられていました。
乗せられるまでの経緯は覚えていませんが、やっとそこで何とか正気を取り戻した私は医師の診断を受けるため、しかるべき病院で手当を受けることになりました。
予感とでもいうのでしょうか。
見るともなしに後部を見ると、ドアが開いていました。
そこからは横転したバスが見えます。
車体の下からはいまだ血が流れ出していました。
けれど、私にはそんなもの見えませんでした。
医師二人に抱え込まれるように、男性が座り込んでいます。
車体の真下から、見覚えのあるキャメルが捩れ出しています。
ぐっしょりと赤黒い液体に濡れた、渋いピンク。
目が覚めたら病院でした。