「まだだよー♪」
楽しげな笑い声と共に、大地の胸元目がけて刃物のような物が一直線に飛んできた。
すんでのところで躱し、それが刃物ではなく草だと知る。
頭の中で警告が鳴り響き、それに従い飛び退くと体勢を立て直す間もなく第2波が飛んでくるところだった。
こちらはほとんど抵抗出来ないのに、向こうは本気だ。
本気で殺そうと、いや、なぶり殺しにしようとしている。
「あははは、おにーちゃん反射神経いいね!」
楽しそうに笑いやがって……。
小高い丘の上でちょこんとしゃがみながら、逃げられないこちらを睥睨する少女。
緑だ。
目覚めると何故か小高い丘に囲まれた、ちょっとした運動場くらいの大きさの敷地にいた。
とんでもない殺気に飛び退き元を辿ると、麗しい妹がいたというわけだ。
「何がしたいんだ」
無様なことに息が上がってしまっている。しょうがない……何か薬でも使われたのか、言うことを聞かない身体を無理矢理酷使しているのだ。
「別に、おにーちゃんと遊んでるだけだよ」
「ならもうギブアップしたいんだけど。死にそうだし」
「まだあたし本気じゃないよぉ! そんな大袈裟な!」
意味がわからん。
本気で意味がわからん。
じゃあなんだこの濃厚な殺気は。
油断した隙を突かれたのか、背後から迫り来る攻撃を避け損ね右腕の二の腕あたりがすっぱり切れた。
神経まではいってない。かすり傷程度だと思えない事もないが、心が折れそうだ。
来ていたライトブラウンのカットソーがどす赤く染まっていく。高かったのに。
左手で止血しながら、風を巻き起こす。
土を跳ね上げ姿を隠す。
小刻みに移動して場所を特定されないようにしながら、泣く泣く服を裂いて止血。
緑の位置は、気持ち悪いくらいはっきりと特定できる。
だけど、攻撃なんて出来ず、威嚇すら出来ず、ただ逃げ惑うのみだ。
無作為に飛び回る草は脚や胴体を掠る。徐々に細かな傷が増えて行く。
「……何なんだよ……」
思わず、喉の奥から呻き声と共に声が出た。
声に出すと、感情が揺さぶられた。
こういった、生きるか死ぬかみたいな緊迫した場面ではあってはならないことだが、俺は、何かもうどうでもよくなった。
立ち止まって足を踏ん張り、土埃を起こしている風を押さえる。
「何なんだよ!!」
あらん限りの大声で叫んだ。
いくつもの草が身体を切り裂くがどうでもいい。
じくじくとした痛みと、血が流れた事で寒気がする。
撹拌されていた空気が落ち着き、緑の姿がうっすらと見え始める。
「わけわかんねぇよ!」
その緑に叩きつけるように怒鳴る。
びっくりしたように目を見開いた緑は、年相応に見えた。