目の端っこで、それはもう何回も何回も洗ったように色の落ちたブルーの毛布がふわ、ふわ。
持ち主は、それはそれは安心しきった表情で親指を吸っている。
開け放された窓から、そよそよと青い風が吹き込んできて、またまた毛布をゆらす。
欲しいなあ-。
その途端、彼はぴくっと眼を開き、僕を見据えた。
「一生後悔するぞ」
……。
睨み合いは僕の負け。
「わかった、今日は毛布はあきらめる」
そう、と言ったっきりこちらを見もしなくなった彼に、刺激される、いたずら心と。
「代わりに、側にいても怒らない?」
きゅん、と上目遣いにすり寄ると、何も言わない代わりに怒りもしない。
思う存分彼にもたれかかって、彼の膝と彼の毛布にわずかに鼻をうずめて心地いい匂いに包まれる。
窓からはそよそよと風が吹き込み、ぽかぽかお日様が僕らをあっためる。
「暑苦しいわねえ」
キンキンした女の子の声で目が覚めた。
気がつくと太陽はオレンジ色に変わり、風も少し肌寒くなってしまっている。
「寝てしまった」
不覚、といったあんまりにも深刻な表情で彼が呟くものだから、思わず笑ってしまった。
「なあに、そのイヤな笑い方」
いじわるな女の子にはべーっと舌を出しておいて、くるっと彼に向き直って耳元で囁く。
「キモチよかったね」
彼の顔が赤いのは、太陽のせいだけかな?
だって、彼の音楽はとっても綺麗だから。
ぴく、と耳が跳ね上がった。
転げるように駆け出すと、案の定彼はおもちゃのピアノに向かって技巧を磨いていた。
その姿は何かを追い求める修道士のようでとっても敬虔なんだけど。
「やあ、シュローダー」
途端、ぴたりと止まる旋律。
「何しに来たんだ? ぼくは忙しい」
素っ気なく言い放つと、また旋律を奏で始める優美な指先。
でもぼくには分かる。さっきよりずいぶん音色が硬くなったね。
他のこと(つまり、ぼくのこと!)に意識が向いてるから、大好きなベートーベンに没頭し切れてないよ。
そんなとこもおかしくて、くすくす笑いながらいつものようにピアノに寄っかかる。
彼は一瞬目を上げてイヤな顔をするものの、指先は相変わらず止まらない。
すごい早さで音符が駆け抜けていく。
指先に摘んでみると気分が高揚してくるのがわかる。
最初は指で突っついて、だんだん手のひらで叩いて、気づけば一緒に踊り出していた。
このあたりで彼の我慢は限界。
「もぅ!」
ぷんぷん怒る彼に「ごめんごめん」なんて軽く謝っていると、漏れ出た音符に惹かれたのか、あの子がやってきた。
「やあ!」
「| | | | | |」
「一緒に踊ろうよ!」
「♪」
そうやって踊り出したぼくら二人を見て、彼は「もう……」とかため息をつきながら、大好きな曲の中から楽しい曲をピックアップして弾いてくれるんだ。
あの子の髪の毛がふわふわ揺れる。
彼ものってきたのか、金髪をさらさら揺らしながら旋律を奏でる。
楽しいなあ。
「たまには尻尾でも振ってお出迎えしたらどうだ」
苛々した声に振り返ると、まん丸い頭の男の子がすべすべした眉間に皺を寄せて立っていた。
……こいつは何を怒ってるんだ??
仁王立ちした彼の手にスクールバッグが握られているのを見て、やっと気づいた。
「おかえり!!」
満面の笑みで彼に抱きつく。
「また会えて嬉しいよ!」
ぎゅ、と彼を抱きしめると、彼の眉間の皺が一本消えて代わりに拗ねたような表情になった。
宥めるように背中をよしよし。
彼の肩にあごをくっつけていつまでもよしよししていると、開けっ放しの扉の向こうで、黄色くてふわふわした髪の毛をしたあの子が傷ついたように動きを止めるのが見えてしまった。
あちゃー。
次はあっちのフォローかぁ。
チョコチップクッキーで何とかなるかな。
あんまり詳しくないのに見切り発車。
ぱっと弾けてきらきら輝いて、一瞬で消えてしまった。
でも、空いっぱいの花火はすごく綺麗だった。
ひぐらしの鳴く夕暮れ、きみと初めてのキスをした。
笑っちゃうくらいに綺麗な状況設定。
暮れかけるオレンジの空、切なく響くひぐらしの声、昼の蒸し暑さが残るアスファルトに吹く涼しくなってきた風とパタパタはためくきみのスカート。
ふ、と話題が途切れて見つめ合った。
心臓がすっごいバクバク言って、頭ん中真っ白で、何かもう無我夢中っていう感じでその瞬間の事は正直、夢じゃないかと思うくらい一瞬だった。
ぱっと顔を上げてみたら、きみもおんなじ顔してたからつい笑っちゃって、二人でずっとくすくす笑いながら坂道を歩いた。
笑っちゃうくらい幼い恋。
笑っちゃいたいくらい綺麗な絵は、今もぼくの引き出しの中にそっと仕舞ってある。
本当はすこし違和感があったんだ。
でも本格的に大変な事になるまで、気がつかなかった。
いつだってそうだ。
綻びは、修復不可能になってから見つかる。
その時点ではどんなに足掻いても無駄だというのに。
きみと花火を見る夢をみた。
次に見たのはモノクロの建物が出てくる夢だった。
目が覚めてから落としたため息は、何個目かな。
きみとキスをした坂道を、転がるように駆ける。
何で人間は息をしなきゃいけないんだ!
息をしたら速く走れないじゃないか!
頼むから、もうこの後走れなくなってもいいから、間に合って!!
心臓がバクバクいって、足が縺れる。
オレンジだった空は、灰色になってきた。
雨が降るのかな。
明日の花火大会はどうなるのかな。
晴れるかな。
きみはどんな浴衣を着るつもりだったんだろう?
今となってはもう分からない。
ああ、雨だ。
笑っちゃうくらい、今のぼくにぴったりな状況設定。
ぽろぽろと空から雨が降る。
明日は晴れるかな。
晴れるといいな。
ヒュッと鋭い破裂音の後に、耳を劈く轟音。
群青色の空一面に広がる、きらきらした火花。
すごく綺麗だよ。
福原美穂「HANABI SKY」
慕っちゃってる部下と、破天荒な主っていう図に萌えます。
というか、主はどんなでもオッケーですが、部下が慕っちゃって主ラブになってるのが大好きです。
もちろん、従者的な意味でのラブですが。
それを肉欲的な意味でのラブに持ってこうとする主。
ヤバイ萌える。