ねえ、キスしてもいい?
もっかい。
もっかい、いい?
拒否されないのを知っていながら問いかける。
優しく唇を弄び、彼女の中の欲望をゆっくりと起こしていく。
さあ、楽しいコトを始めよう。
「今度はどこのオンナ?」
冷たい声が頭上から聞こえ、思わず苦笑しながら面を上げる。
予想通り、緑の髪をした美少女が侮蔑の表情を隠そうともせずそこに立っていた。
「何で、タダの飲み会だよ」
普通に笑ったつもりだったが、彼女の瞳は一層きつくなっただけだった。
「炎がタダの飲み会なんて参加するわけないでしょう。その飲み会でどうせギャルとお知り合いにでもなったんでしょ」
「いやあ、緑は賢いなあ」
笑って通り過ぎようとしたが、目の前に立たれ進路をふさがれる。
そのまま胸ぐらを掴まれ、顔が近づく。
「くさ」
せっかくの可愛い顔が歪められ、すべすべの眉間に寄った皺が深くなる。
「うん、お酒飲んだから」
「それと人工的なニオイ。鼻が曲がりそう」
あの子の香水のことかな? 確かに、ベッドの中でも漂うくらいにつけてたみたいだし……。
「マーキングされてんじゃないわよ」
吐き捨てるように言われ、苦笑しながら肩を押し道を空ける。
今度は何も抵抗はなかった。
「え、もう帰るの?」
2回戦が終わった後、ピロートークもそこそこに切り上げた俺を見て、彼女が不思議そうな顔をする。
いや、不思議そうな表情の下に不機嫌な物が見え隠れ。
この子は……そうそう、あかねちゃん。
最近仲良くなった子だ。今回で3回目。結構相性はいいみたい。
でも、そろそろおしまいかな。
「ん、ごめんね」
ちゅ、と額にキスをするが、わずかに不思議そうな表情を剥がしただけに過ぎない。
「妹がさ」
何となく言い訳してみる。
「妹? いたの? 聞いてない」
別にわざわざ個人情報漏らす必要もないからね。
「うん、すっげえブラコンで、俺が帰らないと機嫌悪くなんの」
彼女は「そんなことで?」という顔をし、声に出しては「私はもっと一緒にいたいんだけどな」と言った。
そういう上手なしゃべり方をするところが気に入ったのかも。
「ごめんねー」
でも、素直すぎる表情は苦手だ。
ドアを閉めると、何かがぶつかる大きな音がした。
俺は振り返らずに帰路を急いだ。
「ただいまぁー」
わざと声を間延びさせながらドアを閉めていると、背後で誰かがこちらの様子を伺っているのが分かった。
気付かぬふりをするか、こちらから声をかけるか。
一瞬悩んだが、なんだか面倒くさくなり、ばさばさと首を振りながら歩き出す。
目の前で焔のように髪が揺れ、少し楽しくなる。
だけど、その誰かがいる方向に近づくにつれ、段々ひんやりとしてくる空気に気がささくれ立つ。
「隠れる気ないんならそういうのやめてよ」
「緑だと思ったんだろ」
壁から浮き上がったような双子の兄は瞳の蔑みを隠そうともせず、だけどこちらを見ずにそう言った。
「何なの」
ホントに分からなくて聞いてみるが、さらっと無視された。ああそうですか。
むかついて(この兄のやることでむかつかないことはないのだが)鼻息も荒く通り過ぎようとするが、不意に鋭く睨み付けられて脚が止まった。
「本当だな。すげえ臭い」
なんだかものすごく失礼な事を言われたはずなのだが、背に流れ落ちたのは冷や汗だった。
「お前、緑に何求めてるんだ」
畳みかけるような言葉に、反論できない。
「妹に甘えんじゃねぇよ」