色々
2009/12/17/Thu
「待って、氷河、待って」
氷河を必死で追いかけるが、その背中はどんどん遠ざかっていく。
指先は僅かも触れることなく、その身体は扉の中に消えてしまった。
一瞬たりとも振り向かないその顔がどんな表情かは想像するしかないが、ピンと伸びた背中が痛々しかった。
「氷河、氷河、開けて」
刺激してしまわないように、そっと扉に手の平を添える。
部屋の中でひっそりと息を潜めてしまっている氷河に届くように、精一杯の思いを込めて必死で名前を呼ぶ。
今私が氷河に許される為に出来ることはそれくらいで。
「氷河、氷河、ひょーが、ひょーがぁ……」
何度も何度も呼んでいると、瞳が熱くなってきた。
ああ、私は何でこうなんだ。
氷河に酷いことをしてとことん傷つけて、氷河はただじっと耐えて、耐えられなくなった氷河はそれでも私を責めず自分の中に流れ出る血を閉じ込めようとして。
そして私はまた自分勝手に振る舞いそれを破裂させ、溢れ出した血のあまりの多さに怖じ気づく。
あまりの恥ずかしさに謝ることすらできない。
舌が凍ってしまったように動かない。名前すら呼べない。
呼ぶ資格ない。
どうしよう。
このまま終わってしまう。氷河はきっともう俺を許さない。
冗談抜きで、冷水をぶちまけられたような気がした。
「…………ゆるして」
口にしてしまった。
言ってはいけないことを。
嘲るようなタイミングで扉が開き、真正面には仮面のように無表情な氷河が立っていた。
氷を張った湖のように何も写さない瞳に、その人形のような相貌に、息を飲む。
この人は、こんなに美しいのに。私はこんなに汚い。
だからかも知れない、私や炎が氷河を汚したいと思ってしまうのは。
ふ、と氷河が微笑んだ。
冷気は出していないはずなのに、両腕に鳥肌が立ち、ぶるっと震えた。
「こじ開ければいいだろう。いつもやってるみたいに、俺のことなんかお構いなく」
悲しみと焦りのあまり眠っていたモノに、火がついたコトに気が付いた。
震えの半分以上はきっと、歓びだ。
暗い瞳をした氷河が嬉しいんだ。
「……ごめんなさい」
「次は泣き落としなんだな。そんなまどろっこしいことせずに、いつも通りやったら? もう抵抗するのも疲れた」
視線を逸らしながら、吐き捨てるように言われる。
その捨て鉢になった様子に、焦燥と歓喜がわき上がる。
だけど、だけどやっぱり。
「あー、そういう氷河も捨てがたいけど、やっぱりいつもの氷河がスキかな」
自分の思ってるのと寸分違わぬ事が聞こえた時は、何の事かと思った。
穏やかな声が凍りそうな空気を溶かし、我知らず詰めていた息を吐いた。
「はいはい、兄弟げんかなのか痴話げんかなのか分かんないけど、とりあえず落ち着いて」
「うるさい」
「はいはい」
唐突に大地が、氷河をぎゅっと抱きしめる。
「氷河」
宥めるような低音に、まるで自分が抱きしめられているような錯覚に陥る。
「俺が話聞くから、頼むから、そんな酷いこと言わないで」
氷河の表情にヒビが入る。
「うん、きっと氷河はいっぱい考え込んじゃったんだろうね。つらかったね」
「……」
みるみるうちに瞳が潤む。
大地に「あっちに行け」と手を振られるよりも一足早く、俺はその場から逃げ出していた。
胸を焦がすのは焦燥と。
とりあえず自室に逃げ込み、落ち着こうと普段は吸わない煙草に手を伸ばす。
手が震えてマッチがうまく擦れない。
やっと火を点し、最初は肺まで入れずに浅く吸う。
様子を見ながら、咽せないようにゆっくりと深呼吸をする。
緑の調合した薬草はすっと頭を冷やしてくれる。
1本吸い終わる頃にはかなり冷静になっていた。
ふわふわした雰囲気の大地が、穏やかな笑顔で氷河を抱きしめる。
硬く閉ざしていた心が溶けるのが見えるようだった。
氷河の瞳に張られた氷が蕩けたその瞬間、俺の頭を占めたのは僅かな焦燥と、すさまじい嫉妬だった。
あのままあそこにいたら、思わず突き飛ばしてしまいそうだった。
大地を突き飛ばして、氷河を奪い去りそうだった。
氷河を必死で追いかけるが、その背中はどんどん遠ざかっていく。
指先は僅かも触れることなく、その身体は扉の中に消えてしまった。
一瞬たりとも振り向かないその顔がどんな表情かは想像するしかないが、ピンと伸びた背中が痛々しかった。
「氷河、氷河、開けて」
刺激してしまわないように、そっと扉に手の平を添える。
部屋の中でひっそりと息を潜めてしまっている氷河に届くように、精一杯の思いを込めて必死で名前を呼ぶ。
今私が氷河に許される為に出来ることはそれくらいで。
「氷河、氷河、ひょーが、ひょーがぁ……」
何度も何度も呼んでいると、瞳が熱くなってきた。
ああ、私は何でこうなんだ。
氷河に酷いことをしてとことん傷つけて、氷河はただじっと耐えて、耐えられなくなった氷河はそれでも私を責めず自分の中に流れ出る血を閉じ込めようとして。
そして私はまた自分勝手に振る舞いそれを破裂させ、溢れ出した血のあまりの多さに怖じ気づく。
あまりの恥ずかしさに謝ることすらできない。
舌が凍ってしまったように動かない。名前すら呼べない。
呼ぶ資格ない。
どうしよう。
このまま終わってしまう。氷河はきっともう俺を許さない。
冗談抜きで、冷水をぶちまけられたような気がした。
「…………ゆるして」
口にしてしまった。
言ってはいけないことを。
嘲るようなタイミングで扉が開き、真正面には仮面のように無表情な氷河が立っていた。
氷を張った湖のように何も写さない瞳に、その人形のような相貌に、息を飲む。
この人は、こんなに美しいのに。私はこんなに汚い。
だからかも知れない、私や炎が氷河を汚したいと思ってしまうのは。
ふ、と氷河が微笑んだ。
冷気は出していないはずなのに、両腕に鳥肌が立ち、ぶるっと震えた。
「こじ開ければいいだろう。いつもやってるみたいに、俺のことなんかお構いなく」
悲しみと焦りのあまり眠っていたモノに、火がついたコトに気が付いた。
震えの半分以上はきっと、歓びだ。
暗い瞳をした氷河が嬉しいんだ。
「……ごめんなさい」
「次は泣き落としなんだな。そんなまどろっこしいことせずに、いつも通りやったら? もう抵抗するのも疲れた」
視線を逸らしながら、吐き捨てるように言われる。
その捨て鉢になった様子に、焦燥と歓喜がわき上がる。
だけど、だけどやっぱり。
「あー、そういう氷河も捨てがたいけど、やっぱりいつもの氷河がスキかな」
自分の思ってるのと寸分違わぬ事が聞こえた時は、何の事かと思った。
穏やかな声が凍りそうな空気を溶かし、我知らず詰めていた息を吐いた。
「はいはい、兄弟げんかなのか痴話げんかなのか分かんないけど、とりあえず落ち着いて」
「うるさい」
「はいはい」
唐突に大地が、氷河をぎゅっと抱きしめる。
「氷河」
宥めるような低音に、まるで自分が抱きしめられているような錯覚に陥る。
「俺が話聞くから、頼むから、そんな酷いこと言わないで」
氷河の表情にヒビが入る。
「うん、きっと氷河はいっぱい考え込んじゃったんだろうね。つらかったね」
「……」
みるみるうちに瞳が潤む。
大地に「あっちに行け」と手を振られるよりも一足早く、俺はその場から逃げ出していた。
胸を焦がすのは焦燥と。
とりあえず自室に逃げ込み、落ち着こうと普段は吸わない煙草に手を伸ばす。
手が震えてマッチがうまく擦れない。
やっと火を点し、最初は肺まで入れずに浅く吸う。
様子を見ながら、咽せないようにゆっくりと深呼吸をする。
緑の調合した薬草はすっと頭を冷やしてくれる。
1本吸い終わる頃にはかなり冷静になっていた。
ふわふわした雰囲気の大地が、穏やかな笑顔で氷河を抱きしめる。
硬く閉ざしていた心が溶けるのが見えるようだった。
氷河の瞳に張られた氷が蕩けたその瞬間、俺の頭を占めたのは僅かな焦燥と、すさまじい嫉妬だった。
あのままあそこにいたら、思わず突き飛ばしてしまいそうだった。
大地を突き飛ばして、氷河を奪い去りそうだった。
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