びく、と身体が逃げるように跳ねる。
熱い息が忙しなく漏れる。
汗がじっとりと身体を濡らす。
「う……」
殺していた声が漏れる。
「……ぁっ……!」
一際高い嬌声と共に、吐き出される体液。
「は~~~~~~~……」
まただ。
身体と心が見合っていない身にとっては、自分で自分を慰めることはものすごい嫌悪感を呼ぶ。
本来なら付いていて欲しくない器官を自分で弄るわけだから。
だから自慰は好きではないのだけど、最近毎晩のように熱に襲われる。
ダムーには言ってなかったが、前の3人組は結構強めの薬を使っていたのだ。
意図的に抵抗していなかった部分もあるが、できなかったという部分も多い。
あの場でダムーが発情したのもわかる。
鼻が敏感な彼は、薬のにおいを敏感に嗅ぎ取り、反応してしまったのだろう。
それを、恋と履き違えるくらいに。
あの場でダムーに襲われてしまっても良かったのかもしれない。
どうせ肌を重ね足を絡めたところで、なんら不都合はない身体同士だ。
場の空気に流されてしまえば、この思いは消えたのかも知れない。
浅ましい思いを抱いたまま、熱の燻る身体を持て余す。
解毒剤はなかなか効かないようだ。
夜はまだ明けない。
彼もそう認識しているからこそ、失礼にも人のことをオカマオカマって言ってたのに。
最近、その彼がおかしい。
「同じ性別ってーのは、本能に逆らってるのか?」
人が転寝しようとソファに身体を預けているのに、何の断りもなく滑り込んできた挙句にこの台詞。
近頃こんな風に接触してくることが多くなった。
最初は気持ち悪がっていたケイティも、目を丸くしていたヴィンセントも、慣れたのかスルーだ。
アタシだけだ。慣れないのは。
「何よ、突然」
そう言って距離をとる。
あの3人組強姦事件(ギリギリ未遂かどうかは意見が分かれるところ。でも入ってたしな…)以来、ダムーはやたらとアタシに絡む。
「そりゃそうでしょ」
律儀に答えてしまう自分もどうかと思うが。
「何でだ?」
「繁殖できないもの」
ヴィンセントがぎょっとしたように振り向き、ケイティがちらりとこちらを見た。
二人でこそこそと話をし、「じゃ、もいっこの部屋で寝てくるわ」という一言と共に速やかに二人は消えた。
ちょっと……!
「アタシも眠いんだけど」
「そうか」
そうかじゃないわよ……。
変なの……。
「どうしたのよ、最近、変よ」
どうしようもないので、直球でいくことにした。
「わからんが……」
この馬鹿にしては珍しく、口ごもる。
もう、早く言っちゃいなさいよ。
「お前のことが気になる」
ま、そんなとこか。
「ひ……っ」
咽喉の奥から引きつったような音が漏れる。
固く閉じられた瞳からは生理的な涙が零れる。
頬は紅潮し、ぎゅっと寄せられた眉。
白い肌に食い込む鎖。これのせいで、ベラは抵抗を塞がれてしまい、わずかな抵抗も意味をなさない。
そのすべてに焦燥感を煽られ、心臓が破裂しそうだった。
「やめろ」
思わず声が出た。
白いむき出しの肩がびく、と跳ね、閉じられていた瞳が開かれる。
だが、まっすぐにこちらを見ることができず、落とされたままの視線。
長い睫毛が震えているのが見えた。
その姿を隠すように、複数の黒い影が立ちはだかる。
「悪いねぇ、その気もないあんたの前で」
「でも逃げられたら困るからねえ」
「ま、しばらくそのままで見ててよ」
下品な笑い声が響く。
やつらの手が、ベラに伸ばされるのをどうしようもなく見守るしかない。
やけに艶っぽい抵抗を嘲笑いながら、男たちはベラフォードの肌を蹂躙し始めた。
ダムーは今、分厚い壁にふさがれた隣の部屋に軟禁されている。
扉には小さなのぞき窓しかあらず、手も足も出ない。
どうすればこの状況を打破できる?
目の前のこの扉の鍵さえあれば、何とでもなるのに。
断続的にあがる悲鳴に、頭が沸騰しそうになる。
何度目になるかわからないが、扉を力いっぱい殴りつけた。
「無駄無駄v」
それに気づいた男の一人が、ベラの身体を押さえつけながら笑う。
「そこで黙ってみてなよ」
「目ぇ瞑っててもいいけどねv」
「もうそろそろかな」
不穏な一言と共に、ベラの身体がうつぶせにされる。
ぐったりしていたベラも、さすがに気がついたのか暴れだす。
そんな抵抗も無駄になり……。
「いっ……やぁ……ああぁあっ……!痛っ……やめ……!」
ぼろぼろ涙を流しながら、必死で覆いかぶさる男を押しのけようとする。
鎖がじゃらじゃら鳴る、嘲笑、悲鳴、水音。
あまりのことに、どうしようもなくまた腕を振り上げたとき。
「がぁ!」
「……!」
「ぐ……!」
突然、呻き声と共に男たちが倒れた。
「……ふー……」
「な……なんだ?」
「え? 遅効性の睡眠薬」
やけに冷静な声で返事が聞こえた。
のぞき窓からベラの姿が見えなくなる。
どうやら、しゃがみこんで倒れた男の衣服を探っているらしい。
ちゃり、と金属の音がして、思ったより近い位置にベラの顔が現れた。
拘束されているため腕がうまく上がらず、苦労してガチャガチャと鍵を開けようとするあられもない姿を正視でない。目が泳ぐ。
「いつの間に仕込んだんだ?」
「ヤな予感がして、この町に入る前に、奥歯に仕込んでたの」
奥歯……?
それ以上何も問えず、黙るしかなかった。
「はい、開いた」
この扉を開ければ、俺はどうすればいい?
何事もなかったかのようにあいつら3人を縛り上げ、ケイティ達を探し、合流するか。
それ以外の選択肢なんてないはずなのに。
(俺は何を悩んでるんだ?)
「出てこないの?」
不振そうなベラの声に、はっと我に返る。
「まさかこんな状況のあたしに開けろなんて言わないでしょうねえ?」
不穏なものが混ざり始める表情に焦り、慌てて扉を開ける。
扉を開けるなり、むわっと生臭い臭いが鼻を突いた。
のぞき窓越しでもかなりきついと思っていたが、想像以上だった。
そして……
「鎖、外してくれる?」
美しい顔に残る、殴られた痕。
手首に食い込む鎖と、無理やり押さえつけられたためについた痣。
白い太腿に付着する、生臭い体液。
動揺のためか、手が震えて鎖が外れない。
自分の荒い息と、鎖がじゃらじゃら鳴る音と、ベラフォードの息をする音と、男たちの呻く様な声が部屋に響く。
「……先にあいつらどうにかしちゃって」
ふ、とため息と共に吐き出された言葉は、多分、呆れていた。
何も言えずに男たちを縛り上げ、自分が軟禁されていた部屋に投げ込み(ぐぇ、という声が聞こえた気がした)、荒々しく鍵を閉める。
本当は、殴っても殴っても足りない気分だったが、意識のない相手に手をあげるのも馬鹿馬鹿しいため止めた。
「落ち着きなさいよ」
落ち着き払った声に振り向くと、苦笑じみた笑顔と目が合った。
「はい、外して」
じゃら、と鳴った鎖の音に、自分の理性が切れる音がかぶさった気がした。
「こら! けだもの! 放せ!!」
いつもの穏やかな話し方はどこへやら、本気で怒っているらしいベラの口調は荒っぽい。
拘束されたままのベラフォードを床に引きずり倒し、マウントポジションを取る。
「いつから気付いてた?」
低い声で問うと、睨み付けながらも抵抗がとまった。
「だから言ったでしょう? 町に入った時からだって」
無性にイライラする。
「はっ。だから奥歯にクスリ仕込んで、わざわざあいつら煽ってやったわけか」
一瞬にして膨れ上がる殺意。
振り上げられた脚から危うく逃れ、余裕を装ってその脚を掴む。
「放しなさいよ!」
強く握ると、顔がしかめられた。
わずかに涙目になりながらも結構な抵抗をしてくるため、こちらの扱いも乱暴になる。
……結構な抵抗?
「さっきまでの無抵抗は何だったんだよ」
わずかに目を伏せ、何も言わないベラに更に苛立ちは募る。
「へーぇ、やっぱりわざとヤらせてたわけか」
スキモノが。
ぎりぎりまで顔を近づけて耳元で囁くと、傷ついたように動きを止めた。
苛立ちはピーク。
乱暴に脚を広げさせた。
掠れた悲鳴を無視し、中心を膝頭でぐっと弄るとすすり泣くような声が漏れた。
それすらこちらを油断させるための演技なのだと、焦燥感で焦げ付きそうだ。
「……何で……」
「それはこっちのせりふよ!」
思わず漏れた呟きに、過敏すぎる反応が返ってきた。
その声は涙と情欲に濡れており、こちらも中心が熱くなってきた。
ただ、自分のこの欲望を満たすためだけに抱くのは嫌だ。
どうすればいい?
どうすればこの焦燥感は消える?
何もできず、押さえつけたまま動きが止まる。
このまま強姦されるのだと諦めたように力を抜いていたベラは、あまりにも何も動きがないので訝しげに目を上げた。
目が合う。
「……なんて顔してんのよ」
完全に呆れた笑顔。
その表情を見て気付いた。
ああ、俺はこいつが好きなんだ。
何故この獲物はそれに気がつかないのだろう?
ダムーはぼんやりとした意識でその事ばかり考えていた。
まあいい。
キモチヨクすれば、いずれ抵抗もとまるだろう。
ズボンを脱がそうとすると、今までで一番大きな抵抗がきた。
この抵抗が弱まり、歓喜で鳴くのはとても楽しいだろう。
そう思ったのも束の間、その獲物に自分と同じものがついていると気付いて一瞬にして目が覚めた。
目の前にあるのは、乱された服をしっかり握りしめ、瞳に涙を溜め、目元を赤く染めた“彼”の異常に色っぽい姿だった。
白いシャツから覗く、眩しいほど白い肌にくらりとする。
黒曜石のような、涙でけぶる瞳に吸い込まれそうになる。
思わず下半身が熱くなった自分に愕然とし、何も言えないまま逃げ出した。
最低だ。
「本当に最低ね」
そしてただいま修羅場中。
青ざめてはいるが、普段の戦闘時より3割り増しくらいの圧力を持ったベラの瞳に見据えられ、何も言えずにうなだれる。
ここ3日ほど徹底的に避けた。
爬虫類(厳密に言えばベラもそうなのだが)を避けるのと同じくらいの勢いで避けた。
ケイティとヴィンスが訝しがる、を通り過ぎて警戒するほど避けた。
が。
宿に落ち着きほっと気を抜いた瞬間、音も気配もなく背後に忍び寄られ、逃げようという素振りを見せれば鞭が唸る。
残念なことに、こちらは丸腰だ。
冷ややかな眼差しで「先日はどうもありがとう」
心臓が、もたない。
「で?」
で、と言われましても。
発情期でした、すんません。ではすまされないことは重々承知だ。
「あんな事しておきながら逃げ回るなんて。本当に最低ね」
言葉が突き刺さる。
「何か言い訳はないわけ?」
鞭を握る手に力が入るのが見えた。
絞殺、の二文字が頭をよぎる。
それとは別に、その白さが目に焼き付く。
ああ、もう、末期だ。
きっと、ベラも気付いている。
自分が本気になれば、ベラが鞭を持っていようがなかろうが、そんなものは抵抗にならない事だと。
それでも、こうしているということは、どういうことなのだろうか。
頭が悪いからわからないが、下手な事が出来ないという事はわかった。
「何かしゃべったらどうなの?」
苛々してきている尖った声に、我に返る。
だからといって言葉が思い浮かぶわけではなく、結局はまたうなだれる。
ひゅっ、と鞭が風を切り、肌が粟立つ。
「……すまん」
絞り出した言葉は結局そんなもので。
もういっそその鞭で打って欲しいとさえ思った。
「…………いい加減にしてよ」
俯いているので表情はわからないが、声には確実に涙がにじんでいた。
そう気付くや否や、体が動いていた。
「馬鹿じゃないの!!!!」
柳眉を逆立て、涙が零れた事に気付かずベラは騒々しく部屋を出て行った。
何故か鞭ではなく、手近にあった椅子で叩きのめされたダムーは、一人部屋で苦笑する。
抱きしめてしまった。
「これからどうすっかなぁ……」
なぜ、この馬鹿は、あたしを押し倒しているのだろう??
馬鹿は風邪ひかないというのは迷信だと思うわ。
目の前の、この、馬鹿としか言いようのないごちゃまぜは、真っ赤な顔をしてベッドで寝ている。熱もある。ノドが痛くて食べ物が美味しくない(食べられないわけではないらしい)
……否、馬鹿は馬鹿か。
薄着で雪の中を徘徊したんだもの。風邪ひかない方がどうかしてるわ。
仕方ない。じゃんけんに負けて面倒を見る係になったんだもの。
あたしも依頼主のお嬢様に会いたかったけど、ヴィンセントとケイティに任せて、この風邪っぴきの面倒でもみますか。
そう開き直って、林檎を取りに行こうと彼に背を向けた、はず、だった。
気づくとあたしは天井を見ていた。
正確には、熱に浮かされた彼と、彼の肩越しの天井だ。
あまりにも衝撃的すぎて、彼を見るのを拒否したようね。
なんだか、すごく嫌な予感がする。
その予感は一瞬にして現実のものとなった。
「どこ触ってんの!」
あああああ!
もう嫌だ嫌だ嫌だ!
気持ち悪い!
彼の手が、ふとももやら胸やらを服の上から撫でていく。
その動きに性的なものを感じ、必死で抵抗するも意味をなさない。
腕力でこの馬鹿にかなうわけない。
それでも、抵抗は止めたくなかった。
「やめて! やめてってば!」
彼の手が、服の中に入り込む。
胸の飾りを軽く引っ掻かれ、びくりと体が跳ねる。
宥めるように何度も何度も擦られると、半身が重くなってきたのがわかる。
「嫌だって!」
彼は何も言わない。
性急とも思える動きでスラックスに手をかける。
必死で彼の手首を掴むが、反対に掴み返され、床に縫い止められる。
「だめだってば……!」
言いながら、何故か涙が出てきた。
脳をよぎるのは、浅ましい想い。
このまま彼があたしの下腹部に触れたら、気付いてしまうだろう。
自分が男を相手にしているということを。
出来るだけ、引き延ばしていたかった。
この時を。
そんな矛盾する自分の想いに気付き、愕然としてしまった隙をつき、彼の手のひらが下着の中に滑り込んできた。
もうだめだ。
息をのむ音が耳元で鋭く響く。
彼の動きが止まる。
ゆるゆると体が離れていく。
そのまま、彼は何も言わず立ち去った。
本当に最低だ。