「王子、逃げましょう!」
普段ほとんど表情の動かないユシャが、血相を変えている。
それだけでもびっくりすることなのに、あんなに大事にしていたテントも荷物も全てを投げ捨て、小脇に抱えられた。
どうしたの。なんて聞く愚は犯さないけど。
「僕に出来ることは!?」
抱えられながらすごい勢いで山を下るものだから、怒鳴るような声になってしまうけどしょうがない。
ずっと、ずっと。
ゆらゆらと紺のプリーツスカートが揺れる。
膝丈のそれはハイソックスに包まれた白い脚を時々ちらちらと覗かせ、目を灼いてくる。
表情に意識を向けると、今度はそのぷっくりした唇やすべすべの白い頬が気になってしまう。
妙にどぎまぎしてしまうのは、キミのことが大好きだからだ。
早足な君について行くと息が上がってしまいそうだ。
プライドを守るため、必死で耐えるけどね。
それにしても脚綺麗だなぁ。
おっといけない……やっぱりどきどきしてきた。
まさか今時のオンナノコ達みたいにこの下にジャージとかはいてないよね??
あああまたスカートの中とか気になっちゃってる。
姿が無事に玄関に吸い込まれると、寂しいはずなのに何故かちょっとほっとするのはそのせいかもしれない。
ああ、やっぱり可愛いなあ。
スカートの中だけじゃなくて……その、やっぱり制服の中も気になるよな。俺だって男だしね。
次は押さえきれなくなっちゃいそうだなぁ。
うん、でもあんなに無防備なキミなんだもん。キミにもちょっとはどきどきしてもらわないと、割に合わないっていうか。
俺のこの溢れる思いを、きっと分かってくれるだろうし。
よし、勇気を出そう。
「お兄ちゃん!!」
言われた内容も勿論かなり驚いたのだが、それを越える悲痛な声に心臓が飛び上がりそうになった。
が、そんな悠長な思いは泣きそうな顔をした君を追いかける男を目にした瞬間、どこかへ霧散する。
君の制服の胸元が乱れているのを認めるが早いが、頭は真っ白、身体はそちらに全力で駆けだしていた。
「もうやめて!! お願い……っ」
ついに泣き出した君の声が耳朶を打ち、はっと我に返る。
目の前には泣きじゃくりながら必死で俺を押さえようとする君と、血まみれの男。顔は見る影もなく、肉塊と言ってもいいレベルだ。
辛うじて生きてはいるようで時々聞くに堪えない呻き声が漏れてくる。
口からぼとりと落ちたどす赤いモノは多分、歯だ。
そう意識すると同時に痛覚が戻って来、拳が裂けている事に今更ながら気が付いた。びりびり痺れるような痛みに眉をひそめる。
返り血と自分の血でぼろぼろになった白い手。
これが君の手じゃなくて良かった。
『ずっと視線を感じる』
『嫌な感じがする』
君の言葉を思い出す。
「こいつか? お前の事ずっとつけ回してたの」
思いの外冷静な声が出たが、君は弾かれたようにこちらを見上げた。
その瞳にははっきりと怯えの色が写っている。
「わ……わかんな……」
ぐずぐずになっている君を持てあまし、とりあえず着ていた上着を放ってやる。
もそもそと袖を通し始めた君からさり気なく視線を逸らし、携帯を取り出し110番通報。。
淡々と状況を説明している内に、再びふつふつと怒りが湧き上がる。
俺が、いなかったら。
君はどうなってた?
もう二度と、君を見失ったりしないと思っていたのに。
どうなっていた?
倒れた相手にさらに追い打ちをかけるつもりはない。それだとただの暴行だ。
今にも暴れ出しそうな自分を理性で必死に押さえつけ、肉塊を睨めつける。視線だけで人が殺せたらいいのに。
それと同時に、まだ震えている君のことが気になった。
もうここじゃ生きてられないと思った。
どうせ死ぬんだったら、綺麗な獣に食べられたいと思った。
それだけだった。
世の中は想定外のことばかり起こる。
「何をしている!」
びっくりしたような声に振り向くと、この世のモノとは思えないくらい美しい異形のものがいた。
歯を食いしばり、目をぎゅっとつぶり、感じないように必死で耐える姿に悪戯心が芽生える。
服をちらりと捲ると、かなり薄くなっているが相変わらずの情事の痕。
「いや……強姦かな」
思ったコトを口に出しただけなのだけど、今自分がやってることも同じだと気づき、知らず苦笑が零れた。
氷河は内股を撫でる不埒な手に耐えることに必死なのか、聞いていなかったようだ。
雷とのセックスも、僕にこんな風に触られることも、恐怖が伴うだろうな。
雷とヤる時はどうなんだろうか。その恐怖を快感に代えるのは愛情なのだろうか。
じゃあ僕のこの”いやがらせ”に感じてるのは、ただの生理現象?
氷河の半身は、可哀相なくらい張り詰めている。
「もしかしてご無沙汰?」
真っ赤になって顔を背ける。
「淫乱な氷河だったら一日触ってもらえなかっただけでもギンギンになりそうだよね」
諦めたような態度が気に食わず、わざと意地の悪いことを言ってやるとみるみる怒気が膨れあがった。
それに伴い、抵抗も始まる。あ、ちょっと面倒。
「ご無沙汰なんでしょ? 雷に弄ってもらえないから待ってたの? それともそういう、焦らすプレイ?」
僕はノーマルなセックスが好きだなぁ~と心にもない言葉を氷河の耳に吹き込みながら、氷河のモノをぐりぐりといじめる。
その途端に甘く掠れた喘ぎ声。霧散する怒気。
雷とのセックスの時は聞こえてこない、情欲しかない声。
「やめろッ……んっ……」
瞳も甘く溶けていく。
それでも悔しいみたいで、必死に感じないように無駄なあがきをする姿。
気付けばお知り合いのオンナノコ達にしているように、顔を見て、反応を伺って、イイ所を探していた。
先端の方をねちっこく攻められるのがイイみたいで、度々嬲ってやると素直な反応。
体重に押し潰されて動けない胴体の代わりに、膝から下がばたばたもがく。
「しつ……こいッ」
悶えながらも潤んだ瞳で睨まれた。
なんだこれ。
自分のモノも気付けばかなり反り返ってしまい、ボトムが痛い。
「怖いおねーさんは何時に帰ってくるの?」
ビクッと目を見開き、僅かに戸惑った後目を伏せて「わからん……」
「どうする? おねーさん帰ってくるまでこうしてる?」
やわやわと握りこむと、“耐えられない”というように頭を振る。銀糸のような髪がソファとこすれあい、ざり、と音を立てる。
「もういいからっ……はやく……ッ」
言わんとしてることは理解してるな。
「はやく、何?」
余裕を装って焦らす。
やばい、僕もヤバイから早く言え。
「ぃ……ッ……イかせ……っ」
堪えきれない涙が頬を転がる。
キた。
氷河から手を放すと、自分のモノを慌ただしく取り出し彼のモノと一緒に握る。
「何……っ! や、だ、」
びっくりした氷河が逃げようとするが、後はもう喘ぎ声しかでない。
これ、僕もかなりキモチイイ。
自分もいいように、ぐりぐり先端同士を擦り合わせる。
きっと端から見たらSEXしてるみたいなんだろうなぁ。
「ぁ……っ あっ……でる……ッ」
もう余計な事は考えられない。
必死で腰を押しつけ、ほぼ同時に射精した。
「…………」
そして思い切り殴られた。
「…………」
お互い、無言。
部屋に充満するニオイ。
「ばれるな」
怒りすぎて絶対零度になっている氷河の声。
「そだねー」
わざと気楽に言うと、横目で見られた。
痛い痛い。視線が痛い。
「怒らせちゃうね。どうしようか」
顔を覗き込むが、ふいとさけられた。
「……お前本当に何がしたいんだ」
あれ。
雰囲気が変わった。
怒ってるとも違う。なんだか沈んだ様子だ。
「なにが」
「こんなことばれたら雷が怒り狂うの知ってるだろ」
目を合わせてこない。
「知ってるよ」
ため息が聞こえる。
「そう」
立ち上がる気配がしたから、慌てて付け加える。
「何で諦めるの?」
びくっと肩が揺れる。
「今からでも遅くないでしょ?」
何よりもいさぎがよくない。
力を使えなかったから負けました。力を使えない相手に勝ちました。
何だか卑怯だ。
残念ながら、今日はちょっと違っていた。
「百合ったらひどいよね~」
「何でよぉー、まなかこそ、笑ってたじゃない!」
髪の毛をぶんぶん振り回しながら嬌声を上げるオンナノコ達。オンナノコは可愛いから好きだけど、今日は気分がのらず曖昧にしか笑えない。
たまにこんな風になる。
意識したくないけど……また氷河調子悪いのかよ。
イライラしながらタバコに手をやると、白い綺麗な指がそっと触れてきた。
「私にも一本ちょうだい?」
にっこり笑う、えーと、なんだっけ?医療事務やってる確か22歳。
タバコをくわえ、目だけで笑い返す。
「ありがとう」
前髪がパッツンだからかな。アーモンド形の瞳が強調されて、笑うと幼く見える。
「外でよっか」
別に下心があって誘ったわけじゃない。まあ0%というわけでもないが、一番大きな理由は周りに煙が広がりやすい席だったからだ。あ、やだやだ。まだあいつの体調気にしてる。
なのに、医療事務は過敏に反応した。
「タバコやったからって? わたしそんなに安い女じゃないんだけど」
戯れ程度のジャブだ。これくらいいつもならむしろ歓迎する範囲だが何かだめだ。のらない。
「じゃあいいよ」
口に出すと、本当にどうでも良くなった。
そのまま帰ってきてみると、ソファーで氷河がうたた寝していた。
いつもの尖った冷気は全く感じられず、ただ人形のような綺麗な顔で眠っている。
こいつがここにいるってことは、まだ雷は帰ってないんだな。
どちらかというと猫みたいな性格のくせに、犬みたいなことしやがって……と思うと無性に苛立った。
目を隠す髪を乱暴にかきあげると、眉を寄せて顔を逸らした。
大嫌いなはずの僕にここまでされて目覚めないのか……。
ほう。
そのまま頭を固定してやると、眉間に皺を寄せたまま苦しそうに息を吐いた。
誘うように開いた唇に、気付けば口づけていた。
「……ッ!?」
あ、流石に起きた。
そのまま舌を絡め、混乱しているうちにと手首を掴みがっちりと体重をかけて、そう簡単には逃げられないようにする。
限りなく体温を低くしているが、それでもひんやり感じる冷たい口内。
必死で逃げる舌を追いかけながら、噛まれるかもと、頭を掠める。テンパってて気が付かないのか。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音の間に聞こえる、「やめ……っ」「放せっ」という掠れた声。
自分の熱い息。
確か、上あごのあたりが弱かったよな。そこら辺に舌を重点的に擦りつける。
「ふぁ……やっ……」
腰に来る甘い声。
煽られ、糸が引くほど激しくしてしまった。
酸欠気味に、潤んだ瞳で睨み付けてくる氷河。こわくねえー。
「…………何してんだ」
「ん? 何が?」
剣呑な雰囲気の氷河をあっさりと躱し、耳をやらしく舐める。
「っやめろ! 雷を怒らせたいのか?」
必死で身を捩る氷河が面白くて、嗜虐心を刺激され、そのまま囁く。
「誰にでも腰振るからって、雷にオシオキされちゃう? でもそれはやらしい身体してる氷河が悪いんでしょ?」
屈辱に顔を歪める氷河を見ながら、わざと嫌味っぽくにやにや笑う。
本当は知ってる。体温が著しく低いから少々のことでは感じない……というか、雷の電撃の刺激か僕の体温の熱いのじゃないと感じないんだって。
そして、一度感じてしまうと本人の意志とは裏腹に甘く溶け出してしまう身体を持てあましてることも。
「本当にやめろ! 雷が帰ってくる!」
かなり必死で言い募るということは、本気で嫌がってるってことか。まああの雷の悋気は僕でも怖いからなぁ。実際にそれを向けられる氷河は堪ったもんじゃないだろうなあ。
ふむ。
燃えてくるじゃないか。
「いいじゃないですかぁ奧さん」
「キモイなんだそれ」
「間男ごっこ♪」
そう言って油断していた氷河の服の中に手を滑り込ませる。
「やめろってば!」