いつもへらへら笑ってみんな(主に女の子)に囲まれているかと思えば、その深いブルーの瞳に他人を近づけさせない孤独が見える。
軽くて不真面目かと思いきや、すごく繊細だったりする。
わからない。
その日は暗殺者から要人を守る任務だった。
屋外での講演会の為、あちこちにSeeDが配置された。
彼は狙撃手として屋上に待機、あたしは要人のすぐ近くで護衛中だ。
魔女討伐に参加したSeeDはあたしとアーヴァインだけだけど、他のSeeDもみんな一様にレベルが高い。
これなら大丈夫だと、安心はしていた。
だけど、油断はしていないはずだった。
人垣の後方から悲鳴が広がり、近くにいた数人SeeDが音もなく動く。
と、また別の方向で悲鳴が。
あちこちで悲鳴や怒号が連鎖的に上がる。
今回の講演会は宗教的な意味合いをもつものだった為、反対組織のテロだろう。
あたしはすぐに要人の元に走り、屋内へ。
そのあたしの背中に、聞き慣れた銃声。
少し嫌な予感がした。
狙撃手は、言葉の通り一撃必殺な事が多い。しかしこれは裏を返せば、一度撃ってしまうと場所の特定もされやすく、人数が多いときにはあまり向かない事もおおいのだ。
アーヴァインの事だ、うまく移動するだろう。
そうは信じていても、胸に染みついた嫌な予感はまだ渦巻いている。
きっと、あの銃声が早すぎたからだ。
テロリストを潰すには、ボスを潰してやればいい。
後は統率を失った集団を押さえるだけだ。
彼ならば見えない位置からボスを見抜き、撃ち抜くことなどたやすいだろう。
少しあたしが思ったより早かっただけだ。
その日、ふと戯れにその話をしてみた。
アービンの腕は信じてるのにね、と笑ってみせると、思いの外真剣な顔をしたアーヴァインと目が合った。
「ありがと、セフィ」
「な、なにが?」
「僕のこと心配してくれたんだよね~嬉しいなぁ~」
いつものへらへら笑いではなく、本当に嬉しくて笑ってる顔だ。
ついでにぎゅーっと抱きしめられ、硝煙のニオイがぷんと鼻につく。
低い声が耳元で囁いた。
「前にも言ったけど狙撃手ってね、本当に孤独なんだ。しかも、リスクもすごく大きい。位置を把握されちゃったら、大人数相手だと囲まれる危険性もあるし、見つかったら勿論命はないよね。確実に仇だもん。捕虜になる可能性はゼロに近いし、もしなったとしてもその拷問は一般兵士の比じゃないよ」
それは、知識としては知っていた。
けど今、改めて思う。
この人は、あたしが助けられない場所にいるんだ。
どこにも行かないでね。
お願いだから、どこにも行かないで。
俺の胸くらいまでしか身長がないのに、その威圧感は結構なもんだ。
というか、必死だ。瞳の中で揺らめいている涙がこぼれないように。
「どうした緑」
「うるさいっばかっ」
やべええええええええ俺なんかしたかって思い当たる節がありすぎるうううううううう!!
「炎なんかだいっきらい!」
「し、知ってるよ?」
「……っ!!」
ああああああああああああああああああああやべええええええええええええ!!
テンパってたといえなんて返しだ俺! もっと考えろ!!
「ええと、ごめん?」
やばい、涙が零れた。
「そっ、そうやってぽんぽん謝らないでよね! わけわかってないくせにっ!」
一度決壊したらもう治らないらしい。涙がボロボロ零れ、血の気が引く音が聞こえそうだ。
問面の女の子にビールを注ぎながら目の端でチェックを欠かさない。
ありがとーと笑う女の子も可愛いが、この子は確か後輩君が狙ってたみたいだからやめとこ。
そろそろトイレ行こうかな-。
ちらりと目をやると、にっこり笑う黒髪。よし、トイレ行こう。
浮き浮きしながら手を洗っていると、携帯が震えるのを感じた。
何気なく目をやると、名前が表示されてない。あいつか。しかも着信。
「……なに」
緑色の草原が広がる。
ざあっと風が凪いでいき、私の緑の髪が舞い上がった。
柔らかな草の匂いが鼻腔をくすぐり、思わず深く息を吸った。
花びらが風に遊ばれ、キラキラと光る。
ピンク、白、黄色、青、赤、オレンジ……色とりどりの小さなかけらは楽しげに宙を舞う。
両腕を広げ、世界を甘く受け止める。
なんて美しい。
その世界に黒くて大きくて、歪な形をしたものが紛れ込んでくるようになった。
鉄塔のようだったり、ビルのようだったり、鉄柵だったりするけど、一様に黒くて怖いものばかりだ。
一番上の兄にその話をすると、ふんわりと優しげな表情を曇らせて心配してくれるのだけど、兄にも理由や解決方法はわからなかった。
兄と呼べばいいのか姉と呼べばいいのか悩ませる人は、一瞬気遣わしげな表情になった後、多分たいしたことじゃないよ気にするな、とその美しい瞳を細めて華やかに笑った。
砂漠の国の王子様のような明るい兄は、冗談交じりにじゃあその鉄塔を燃やしちゃおうと過激なことを言い、氷の国の魔法使いのように冷たい美貌を持った兄にはたかれた。
はたいた後、クールビューティはにやりと笑いいっそ全部氷漬けにしちまうか? と物騒なことを本気とも冗談ともつきかねる口調で言った。
ケラケラ笑い合いながら、こんなに幸せなのに、何故世界にあんなものが紛れ込んできたのか不思議でしょうがなかった。
新緑が、かたくなってきてる。
風がわずかに冷たいものを含んでいる。
鉄塔が聳え立ち、お日様は雲に隠れている、
私は恐怖のあまり悲鳴を上げ、飛び起きた。
そのまま小走りに雷の部屋に飛び込み、泣きながら今見たものを捲し立てた。
「そうか……」
深夜に号泣した妹に叩き起こされ、正直かなり眠いだろうがいつも通り美貌の迫力は衰えず、それどころか重たそうな目元に気怠げな色気をプラスさせた雷が腕を組む。
Vネックの間からすごい谷間が丸見えで、同じ女の私でもどきどきする。
「とにかく今日はここで寝なさい。怖いものが見えたらまた起こせばいい」
毛布と、柔らかい雷の身体に包まれ、その温かさに涙がまたこぼれた。
ぎゅっと抱きつくと、優しく背中を撫でてくれる。
ぬくもりと共にまどろみながら、また瞳の中に黒い鉄塔が見えてくるのを感じる。
何故、幸せなのに、あんなものが。
ねえ、キスしてもいい?
もっかい。
もっかい、いい?
拒否されないのを知っていながら問いかける。
優しく唇を弄び、彼女の中の欲望をゆっくりと起こしていく。
さあ、楽しいコトを始めよう。
「今度はどこのオンナ?」
冷たい声が頭上から聞こえ、思わず苦笑しながら面を上げる。
予想通り、緑の髪をした美少女が侮蔑の表情を隠そうともせずそこに立っていた。
「何で、タダの飲み会だよ」
普通に笑ったつもりだったが、彼女の瞳は一層きつくなっただけだった。
「炎がタダの飲み会なんて参加するわけないでしょう。その飲み会でどうせギャルとお知り合いにでもなったんでしょ」
「いやあ、緑は賢いなあ」
笑って通り過ぎようとしたが、目の前に立たれ進路をふさがれる。
そのまま胸ぐらを掴まれ、顔が近づく。
「くさ」
せっかくの可愛い顔が歪められ、すべすべの眉間に寄った皺が深くなる。
「うん、お酒飲んだから」
「それと人工的なニオイ。鼻が曲がりそう」
あの子の香水のことかな? 確かに、ベッドの中でも漂うくらいにつけてたみたいだし……。
「マーキングされてんじゃないわよ」
吐き捨てるように言われ、苦笑しながら肩を押し道を空ける。
今度は何も抵抗はなかった。
「え、もう帰るの?」
2回戦が終わった後、ピロートークもそこそこに切り上げた俺を見て、彼女が不思議そうな顔をする。
いや、不思議そうな表情の下に不機嫌な物が見え隠れ。
この子は……そうそう、あかねちゃん。
最近仲良くなった子だ。今回で3回目。結構相性はいいみたい。
でも、そろそろおしまいかな。
「ん、ごめんね」
ちゅ、と額にキスをするが、わずかに不思議そうな表情を剥がしただけに過ぎない。
「妹がさ」
何となく言い訳してみる。
「妹? いたの? 聞いてない」
別にわざわざ個人情報漏らす必要もないからね。
「うん、すっげえブラコンで、俺が帰らないと機嫌悪くなんの」
彼女は「そんなことで?」という顔をし、声に出しては「私はもっと一緒にいたいんだけどな」と言った。
そういう上手なしゃべり方をするところが気に入ったのかも。
「ごめんねー」
でも、素直すぎる表情は苦手だ。
ドアを閉めると、何かがぶつかる大きな音がした。
俺は振り返らずに帰路を急いだ。
「ただいまぁー」
わざと声を間延びさせながらドアを閉めていると、背後で誰かがこちらの様子を伺っているのが分かった。
気付かぬふりをするか、こちらから声をかけるか。
一瞬悩んだが、なんだか面倒くさくなり、ばさばさと首を振りながら歩き出す。
目の前で焔のように髪が揺れ、少し楽しくなる。
だけど、その誰かがいる方向に近づくにつれ、段々ひんやりとしてくる空気に気がささくれ立つ。
「隠れる気ないんならそういうのやめてよ」
「緑だと思ったんだろ」
壁から浮き上がったような双子の兄は瞳の蔑みを隠そうともせず、だけどこちらを見ずにそう言った。
「何なの」
ホントに分からなくて聞いてみるが、さらっと無視された。ああそうですか。
むかついて(この兄のやることでむかつかないことはないのだが)鼻息も荒く通り過ぎようとするが、不意に鋭く睨み付けられて脚が止まった。
「本当だな。すげえ臭い」
なんだかものすごく失礼な事を言われたはずなのだが、背に流れ落ちたのは冷や汗だった。
「お前、緑に何求めてるんだ」
畳みかけるような言葉に、反論できない。
「妹に甘えんじゃねぇよ」