歯を食いしばり、目をぎゅっとつぶり、感じないように必死で耐える姿に悪戯心が芽生える。
服をちらりと捲ると、かなり薄くなっているが相変わらずの情事の痕。
「いや……強姦かな」
思ったコトを口に出しただけなのだけど、今自分がやってることも同じだと気づき、知らず苦笑が零れた。
氷河は内股を撫でる不埒な手に耐えることに必死なのか、聞いていなかったようだ。
雷とのセックスも、僕にこんな風に触られることも、恐怖が伴うだろうな。
雷とヤる時はどうなんだろうか。その恐怖を快感に代えるのは愛情なのだろうか。
じゃあ僕のこの”いやがらせ”に感じてるのは、ただの生理現象?
氷河の半身は、可哀相なくらい張り詰めている。
「もしかしてご無沙汰?」
真っ赤になって顔を背ける。
「淫乱な氷河だったら一日触ってもらえなかっただけでもギンギンになりそうだよね」
諦めたような態度が気に食わず、わざと意地の悪いことを言ってやるとみるみる怒気が膨れあがった。
それに伴い、抵抗も始まる。あ、ちょっと面倒。
「ご無沙汰なんでしょ? 雷に弄ってもらえないから待ってたの? それともそういう、焦らすプレイ?」
僕はノーマルなセックスが好きだなぁ~と心にもない言葉を氷河の耳に吹き込みながら、氷河のモノをぐりぐりといじめる。
その途端に甘く掠れた喘ぎ声。霧散する怒気。
雷とのセックスの時は聞こえてこない、情欲しかない声。
「やめろッ……んっ……」
瞳も甘く溶けていく。
それでも悔しいみたいで、必死に感じないように無駄なあがきをする姿。
気付けばお知り合いのオンナノコ達にしているように、顔を見て、反応を伺って、イイ所を探していた。
先端の方をねちっこく攻められるのがイイみたいで、度々嬲ってやると素直な反応。
体重に押し潰されて動けない胴体の代わりに、膝から下がばたばたもがく。
「しつ……こいッ」
悶えながらも潤んだ瞳で睨まれた。
なんだこれ。
自分のモノも気付けばかなり反り返ってしまい、ボトムが痛い。
「怖いおねーさんは何時に帰ってくるの?」
ビクッと目を見開き、僅かに戸惑った後目を伏せて「わからん……」
「どうする? おねーさん帰ってくるまでこうしてる?」
やわやわと握りこむと、“耐えられない”というように頭を振る。銀糸のような髪がソファとこすれあい、ざり、と音を立てる。
「もういいからっ……はやく……ッ」
言わんとしてることは理解してるな。
「はやく、何?」
余裕を装って焦らす。
やばい、僕もヤバイから早く言え。
「ぃ……ッ……イかせ……っ」
堪えきれない涙が頬を転がる。
キた。
氷河から手を放すと、自分のモノを慌ただしく取り出し彼のモノと一緒に握る。
「何……っ! や、だ、」
びっくりした氷河が逃げようとするが、後はもう喘ぎ声しかでない。
これ、僕もかなりキモチイイ。
自分もいいように、ぐりぐり先端同士を擦り合わせる。
きっと端から見たらSEXしてるみたいなんだろうなぁ。
「ぁ……っ あっ……でる……ッ」
もう余計な事は考えられない。
必死で腰を押しつけ、ほぼ同時に射精した。
「…………」
そして思い切り殴られた。
「…………」
お互い、無言。
部屋に充満するニオイ。
「ばれるな」
怒りすぎて絶対零度になっている氷河の声。
「そだねー」
わざと気楽に言うと、横目で見られた。
痛い痛い。視線が痛い。
「怒らせちゃうね。どうしようか」
顔を覗き込むが、ふいとさけられた。
「……お前本当に何がしたいんだ」
あれ。
雰囲気が変わった。
怒ってるとも違う。なんだか沈んだ様子だ。
「なにが」
「こんなことばれたら雷が怒り狂うの知ってるだろ」
目を合わせてこない。
「知ってるよ」
ため息が聞こえる。
「そう」
立ち上がる気配がしたから、慌てて付け加える。
「何で諦めるの?」
びくっと肩が揺れる。
「今からでも遅くないでしょ?」
何よりもいさぎがよくない。
力を使えなかったから負けました。力を使えない相手に勝ちました。
何だか卑怯だ。
残念ながら、今日はちょっと違っていた。
「百合ったらひどいよね~」
「何でよぉー、まなかこそ、笑ってたじゃない!」
髪の毛をぶんぶん振り回しながら嬌声を上げるオンナノコ達。オンナノコは可愛いから好きだけど、今日は気分がのらず曖昧にしか笑えない。
たまにこんな風になる。
意識したくないけど……また氷河調子悪いのかよ。
イライラしながらタバコに手をやると、白い綺麗な指がそっと触れてきた。
「私にも一本ちょうだい?」
にっこり笑う、えーと、なんだっけ?医療事務やってる確か22歳。
タバコをくわえ、目だけで笑い返す。
「ありがとう」
前髪がパッツンだからかな。アーモンド形の瞳が強調されて、笑うと幼く見える。
「外でよっか」
別に下心があって誘ったわけじゃない。まあ0%というわけでもないが、一番大きな理由は周りに煙が広がりやすい席だったからだ。あ、やだやだ。まだあいつの体調気にしてる。
なのに、医療事務は過敏に反応した。
「タバコやったからって? わたしそんなに安い女じゃないんだけど」
戯れ程度のジャブだ。これくらいいつもならむしろ歓迎する範囲だが何かだめだ。のらない。
「じゃあいいよ」
口に出すと、本当にどうでも良くなった。
そのまま帰ってきてみると、ソファーで氷河がうたた寝していた。
いつもの尖った冷気は全く感じられず、ただ人形のような綺麗な顔で眠っている。
こいつがここにいるってことは、まだ雷は帰ってないんだな。
どちらかというと猫みたいな性格のくせに、犬みたいなことしやがって……と思うと無性に苛立った。
目を隠す髪を乱暴にかきあげると、眉を寄せて顔を逸らした。
大嫌いなはずの僕にここまでされて目覚めないのか……。
ほう。
そのまま頭を固定してやると、眉間に皺を寄せたまま苦しそうに息を吐いた。
誘うように開いた唇に、気付けば口づけていた。
「……ッ!?」
あ、流石に起きた。
そのまま舌を絡め、混乱しているうちにと手首を掴みがっちりと体重をかけて、そう簡単には逃げられないようにする。
限りなく体温を低くしているが、それでもひんやり感じる冷たい口内。
必死で逃げる舌を追いかけながら、噛まれるかもと、頭を掠める。テンパってて気が付かないのか。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音の間に聞こえる、「やめ……っ」「放せっ」という掠れた声。
自分の熱い息。
確か、上あごのあたりが弱かったよな。そこら辺に舌を重点的に擦りつける。
「ふぁ……やっ……」
腰に来る甘い声。
煽られ、糸が引くほど激しくしてしまった。
酸欠気味に、潤んだ瞳で睨み付けてくる氷河。こわくねえー。
「…………何してんだ」
「ん? 何が?」
剣呑な雰囲気の氷河をあっさりと躱し、耳をやらしく舐める。
「っやめろ! 雷を怒らせたいのか?」
必死で身を捩る氷河が面白くて、嗜虐心を刺激され、そのまま囁く。
「誰にでも腰振るからって、雷にオシオキされちゃう? でもそれはやらしい身体してる氷河が悪いんでしょ?」
屈辱に顔を歪める氷河を見ながら、わざと嫌味っぽくにやにや笑う。
本当は知ってる。体温が著しく低いから少々のことでは感じない……というか、雷の電撃の刺激か僕の体温の熱いのじゃないと感じないんだって。
そして、一度感じてしまうと本人の意志とは裏腹に甘く溶け出してしまう身体を持てあましてることも。
「本当にやめろ! 雷が帰ってくる!」
かなり必死で言い募るということは、本気で嫌がってるってことか。まああの雷の悋気は僕でも怖いからなぁ。実際にそれを向けられる氷河は堪ったもんじゃないだろうなあ。
ふむ。
燃えてくるじゃないか。
「いいじゃないですかぁ奧さん」
「キモイなんだそれ」
「間男ごっこ♪」
そう言って油断していた氷河の服の中に手を滑り込ませる。
「やめろってば!」
また体調を崩した。
無駄な体力使うの禁止令を出され、1週間。暇だ。
今日は兄弟達は何かと用事があるらしく、家に俺ともう一人だけ残された。
いっそ一人が気楽だった……。
「おにーちゃん!」
手を振り、緑の髪の毛をふわふわ靡かせながら笑う。
妹のそんな仕草に僅かに頬を緩ませる。怖い顔になってしまっていないだろうか?
「どうした、緑」
問いかけると、目の前にひんやりとしたものが差し出された。
これは……
「アイス?」
「そう、おにーちゃん暑そうだから」
確かに、体温が限りなく低い俺には最近の温度はしんどい。
「ありがとう」
気遣いが嬉しくて、うまく笑えない自分に腹が立つ。
最近知ったこの歳の離れた妹を、大事に思っているのだけど何故かうまく接することができない。
炎や雷は楽しそうにやっているのだけど。
その度に、ちょっと凹んでいた。
緑も陰からこちらを伺うような感じであまり近づいてこなかったのだが。
今日は機嫌でもいいのだろうか。
そんなことをつらつら考えながら、二人でソファに座って貰ったアイスを舐める。
さっきまで自分の部屋で何かやっていたようだが、何を思って急に。
まあ、ソーダ味の、アイスというか、所謂アイスキャンディーは久しぶりでそれなりに嬉しかった。
嬉しいのだけど、甘い物は得意じゃないのでどうしてもちまちま舐める感じになってしまう。
ふと気付くと、緑がこちらをじっと見ている。
甘い物が好きな年頃なだけあって、ぺろりと食べ終えてしまった。
退屈させたか、まずそうに食べてると思われたか。
年頃の娘を持った父親はきっと常にこのような緊張感を強いられているのだろう。世のお父さん方に敬意。
「ああ、ええと」
何か言おうとしたが、それより早く緑遮られた。
「おにいちゃん、ゆっくり食べ過ぎて垂れちゃってるよ」
ちまちま食べていたせいか、淡いブルーのしずくが肘にまでつたってきている。
普段なら溶けない様に調整しながら食べているのだが、今日は使えないことをすっかり忘れていた。
慌てて拭く物を探そうとした途端。
「……っ! 緑っ」
思わず大きな声が出てしまった。
ああ、緑が弾かれたようにこちらを見る。
「なあに?」
無垢に首を傾げる姿に知らず頬が熱くなる。
「そんなもの舐めちゃいけません」
指に滴るしずくを、その、緑が、舐め……。
ぬるりと白い指を這う赤い舌に、どきりとしてしまった。
自分より5つも下の妹に……最悪だ。
「じゃあどこならいいの?」
テンパりすぎて気付いていなかった。
緑の瞳に潜む、暗い色に。
「緑っ 何して……っ!」
膝に緑のほっそりした身体が乗り上げ、身体が硬直する。
無意識に、垂れるアイスからソファを守ろうと左手を上に上げる。肘を伝う冷たさも、頭をクールダウンさせてくれない。
右手を柔らかくソファに押しつけられ、完全に身動きが取れなくなる。
いや、冷静に考えればアイスを放り投げれば左手が空くのだが、判断力が著しく低下した頭ではそこまで考えられなかった。
鎖骨のあたりに柔らかい髪が触れ、ますます焦る。
肘の先からぽたぽたと水色のしずくが垂れる。
濡れた腕に触れる、赤い舌。
猫が舐めるように指から手首、肘へと下が這う。
そして。
「……っ! やめなさい!」
呪縛が解けたように、緑の腕を振り払う。
ズボンのチャックにかかっていた手は行き場を失い、力なく本人の身体の前に。
「どうして?」
「どうしてって……お前今何しようとした」
「ここにもアイスがついてたから」
「……お前……」
言葉が継げなくなっている俺に、にやりと笑いかけてくる緑。
「嘘だよ。やりたかったのは、おにいちゃんが、雷としてるコト」
冗談ではなく、息が詰まった。
「な……」
にんまりと笑う緑は、女の顔をしていた。
「だって、普段は澄ましてるおにーちゃんがあんなコエ出すんでしょ? どんなカオしてるのかみたいなぁ」
耳に直接囁かれ、怒りにカッと身体が熱くなる。
唇が近づいてくる。
そんな体力ないはずなのに、持っているアイスが凍り出す。
冷静になろうと息を吸った時、パッと緑の身体が離れた。
次いで、玄関から物音。
「ただいまー」
噂の渦中の人、雷だった。
「……早かったな」
声は掠れていなかっただろうか。
「ああ、何か予定が違ったみたいでさ。何でだろうな」
そう言ってちらりと緑の方をみる。
視線を追ってみると、緑はびっくりしたような顔をしていた。
「ええ~うそぉ、ごめんなさぁい、間違っちゃったかな?」
「別にいいけど」
「本当にごめんなさぁい」
しゅんと萎れてみせる緑に、女は怖いなぁ……としみじみ思っていると、雷に左手首を掴まれた。
「うまそうなもん食ってんじゃん」
これの存在を忘れていた。僅かに凍ったとはいえ、手首から肘までべたべただ。
「やるよ」
腕を差し出すと、不意に剣呑な雰囲気に。
「そ、あんがと」
突っ慳貪にそう言いアイスを俺の手から奪い取り、べろりと手の平を舐められた。
もういやだ、ここの人達……。
「まだだよー♪」
楽しげな笑い声と共に、大地の胸元目がけて刃物のような物が一直線に飛んできた。
すんでのところで躱し、それが刃物ではなく草だと知る。
頭の中で警告が鳴り響き、それに従い飛び退くと体勢を立て直す間もなく第2波が飛んでくるところだった。
こちらはほとんど抵抗出来ないのに、向こうは本気だ。
本気で殺そうと、いや、なぶり殺しにしようとしている。
「あははは、おにーちゃん反射神経いいね!」
楽しそうに笑いやがって……。
小高い丘の上でちょこんとしゃがみながら、逃げられないこちらを睥睨する少女。
緑だ。
目覚めると何故か小高い丘に囲まれた、ちょっとした運動場くらいの大きさの敷地にいた。
とんでもない殺気に飛び退き元を辿ると、麗しい妹がいたというわけだ。
「何がしたいんだ」
無様なことに息が上がってしまっている。しょうがない……何か薬でも使われたのか、言うことを聞かない身体を無理矢理酷使しているのだ。
「別に、おにーちゃんと遊んでるだけだよ」
「ならもうギブアップしたいんだけど。死にそうだし」
「まだあたし本気じゃないよぉ! そんな大袈裟な!」
意味がわからん。
本気で意味がわからん。
じゃあなんだこの濃厚な殺気は。
油断した隙を突かれたのか、背後から迫り来る攻撃を避け損ね右腕の二の腕あたりがすっぱり切れた。
神経まではいってない。かすり傷程度だと思えない事もないが、心が折れそうだ。
来ていたライトブラウンのカットソーがどす赤く染まっていく。高かったのに。
左手で止血しながら、風を巻き起こす。
土を跳ね上げ姿を隠す。
小刻みに移動して場所を特定されないようにしながら、泣く泣く服を裂いて止血。
緑の位置は、気持ち悪いくらいはっきりと特定できる。
だけど、攻撃なんて出来ず、威嚇すら出来ず、ただ逃げ惑うのみだ。
無作為に飛び回る草は脚や胴体を掠る。徐々に細かな傷が増えて行く。
「……何なんだよ……」
思わず、喉の奥から呻き声と共に声が出た。
声に出すと、感情が揺さぶられた。
こういった、生きるか死ぬかみたいな緊迫した場面ではあってはならないことだが、俺は、何かもうどうでもよくなった。
立ち止まって足を踏ん張り、土埃を起こしている風を押さえる。
「何なんだよ!!」
あらん限りの大声で叫んだ。
いくつもの草が身体を切り裂くがどうでもいい。
じくじくとした痛みと、血が流れた事で寒気がする。
撹拌されていた空気が落ち着き、緑の姿がうっすらと見え始める。
「わけわかんねぇよ!」
その緑に叩きつけるように怒鳴る。
びっくりしたように目を見開いた緑は、年相応に見えた。
俺の胸くらいまでしか身長がないのに、その威圧感は結構なもんだ。
というか、必死だ。瞳の中で揺らめいている涙がこぼれないように。
「どうした緑」
「うるさいっばかっ」
やべええええええええ俺なんかしたかって思い当たる節がありすぎるうううううううう!!
「炎なんかだいっきらい!」
「し、知ってるよ?」
「……っ!!」
ああああああああああああああああああああやべええええええええええええ!!
テンパってたといえなんて返しだ俺! もっと考えろ!!
「ええと、ごめん?」
やばい、涙が零れた。
「そっ、そうやってぽんぽん謝らないでよね! わけわかってないくせにっ!」
一度決壊したらもう治らないらしい。涙がボロボロ零れ、血の気が引く音が聞こえそうだ。